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最期の日のこと

どにー最期の日のことを記録したいと思います。

このブログはどにーの生きた記録を残すために始めたので
最期の日のこともきちんと残しておかないとって思ってます。

ただ、かなり生々しい内容になると思いますので
苦手な方はスルーして下さい。

それにすっごく長くなってます。
ご了承ください。


平成26年1月7日

いつも通り夜中に何度もどにーの嘔吐く様子で目が覚めました。

もうずいぶんと食べてないし、お水もほとんど飲めてないから
嘔吐いても出るものも出ないどにー。何度か嘔吐いてやっともどせる感じ。
この頃にはかなり粘度の高い痰のようなトロンとした透明の鼻水のようなものをもどして
その後、薄い黄色の液体をもどして落ち着く感じでした。

それから呼吸音もスー、スーと大きくなってるから気になって眠れない私。
どにーも横たわったまま私をじっと見つめてくるので
大丈夫、大丈夫とナデナデし続けた。
そして元気だった頃のどにーはいつもうたた寝する私にくっついて眠るのが
好きだったので今度は私がどにーにくっついて横になったりしてた。
そうしてると明け方にどにーも眠りはじめたので私もウトウト。

そしていつもの朝になり
夫とどにーを病院に連れて行くかどうするか悩んでました。
嘔吐の回数が増えつつあるのと呼吸が荒くなってる事が気になってたので
前日の夕方に病院に電話してどうしようかーって院長先生に相談していました。

ただ、ウチから車で40分かかる病院に連れて行くにはどにーの状態が悪すぎることと
病院に連れて行ってもできることは輸液する事と自壊の傷を洗う事ぐらいだと。
あと、どにーが先生に会えてよろこぶ事ぐらい。←でもこれが一番大事な事。

先生もどにーちゃんにできることを少し考えますねっておっしゃってくださったので
とりあえず私だけでも話ししに病院に行こうかと考えていました。

夫はどにーの寿命が縮まっても大好きな先生にご挨拶させたいと言ってたけど
病院の帰りに最悪の事態になっても本望だけど、病院に着くまでもつかどうかわからない。

どうしよう、どうしようと夫と悩んでました。

その間、どにーはいつも通りウトウトとしてました。
ただ、スー、スーと呼吸音は大きく、眠っているのか起きているのかわからない。
目は開いてたり、つむっていたり。

お昼前になってお買い物に行く前にどにーをナデナデ。
そのとき、鼻に鼻血のようなものがこびりついてた。
お鼻についてた鼻血を拭いてやるとどにー嫌がってた。
嘔吐防止に顔の下に敷いてるシートにも黒っぽい点が二つついてた。
イヤな予感。気になったけど夫にどにーをまかせてとりあえず買い物に出かけた。

私の買い物の間もいつも通りどにーはウトウトしてたと夫が言ってた。

買い物から戻り、どにーをナデナデ。様子は変わらず。
安心して私はお昼ご飯の用意をし始めた。

しばらくしてどにーの嘔吐く声がしたので慌てて側に。
いつにもなく激しく嘔吐したどにー。
ワイドのトイレシート2枚も汚すほど激しい嘔吐。血も混ざってた。
可愛いお顔も嘔吐物まみれになってました。
まだ、嘔吐が治まらない様子だったので新しいシートを用意し
どにーの顔の下に置いて顔をキレイに拭こうと頭を持ち上げたら
どにーの舌がだらんと出ていました。目も開いてるけど私を見てなかった。

その時にどにーの呼吸音があったのかどうかさえもう覚えていません。
ただ、鼻と口がピクピク動いていたのでまだ命はあったのだと思います。

私は慌てて仕事場に行ってた夫に電話しました。
私の泣き叫ぶ声に驚いた夫が飛んで部屋に戻ってくれました。
夫は泣きわめく私にどにーまだ生きてる。目が動いたって。
夫の方を見たって。
夫にどにーをビックリさせたらあかんやんかって叱られた。

そして、さっきまでは変わりなかったって。
私が買い物に行ってる間も変わった様子はなかったのにって夫。

どにーをよく見るとまだ鼻と口がピクピクしてる。

どにーまだ生きてる。生きてる。
でもだらんとしてるどにー。
どうしよう、どうしようって
どにー生きてるの?死んでるの?って
オロオロする私に夫が先生に電話してみって。
一回、先生に電話してみよって。

そして、病院に電話をしました。
電話をしたら院長先生が出て下さって今から連れて来れますかって。
どにーちゃんの確認しますって。
夫も連れて行けっていうのでバタバタと連れて行く用意をしました。
その間に仕事の手伝いにきてた私の母にもどにーのことを伝えた。
母もどにーの様子を見てくれた。
ただ、母が来た時にはもうどにーの呼吸音は聞こえてなかった。

そして、だらんとするどにーを車に乗せ病院へ向かいました。
車の運転中、涙が止まりませんでした。
ただ、事故を起こさないように運転に集中し病院まで向かいました。

病院に着くと診察時間外なのに先生や看護師さんが駐車場まで迎えにきてくれました。
私は涙でグチャグチャな状態で先生にどにーを託しました。

いつもの診察室に入り様子を見てもらい
そのまま心電図をとりにどにーは奥に。

しばらくして先生が出てこられて
もう心臓は動いていませんって。
蘇生はしますか?って先生がおっしゃった。

先生、もういいです。
もう、いいです。

先生もそうですねって。
どにーちゃん、ものすごく頑張ったからねって。

あと15分ほど心電図で様子を確認したら
どにーちゃんをキレイにさせて下さいねって。

そしてキレイなお顔にしてもらって
胸にピンクのお花を一輪置いてもらってどにーが戻ってきた。

先生はどにーのことを本当に強い犬でしたねって。
こんなに頑張ってくれた犬は見たことないって。
先生の獣医さん仲間に言っても信じてもらえないくらい頑張ってくれたって。

ありがとう。先生。
先生じゃなかったらどにーもこんなに頑張れなかったかも。
私も頑張れなかった。

いい先生に出会えてどにーは幸せでした。

その日、先生は治療費を受け取ってくれなかった。
そして駐車場までどにーを見送ってくれた。

よかったあの時、病院に電話して。
夫に言われなかったらしてなかった。

夫はどにーの確認をどうしても先生にして欲しかったって。
どにーもそう望んでるだろうからって。

本当に電話してよかった。

病院からの帰り道、どにーと最後のドライブ。
ぽかぽかといいお天気で暖かかった。
車の窓を開けて外の空気を楽しんだ。
どにーは車の窓を開けて外を見るのが好きだったし。

とても気持ちのいい冬の午後でした。

家に着いてキレイになったどにーをいつもの場所に寝かせた。
夫がキレイに掃除しておいてくれてた。

夫も掃除してて外を見ると小鳥が鳴いて
日差しが暖かで冬のキレイな空気を感じて
どにーはいい日に旅立ったなーって思ったって。

ホントにこの日を選んでどにーは旅立ったんだね。

どにーと出会えて本当に良かった。
ウチの子になってくれてありがとう。

どにーの記録はもう少し続きます。











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[ 2014/01/10 20:21 ] 骨肉腫 | TB(-) | CM(2)

読ませて頂きました

どにーちゃん 旅立たれたのですね
初めておじゃまして、闘い続けた記録を
読ませて頂きました

悲しくて涙なみだなんです
私も喉の奥の見えない場所にメラノーマで三年前に13歳半で愛犬を亡くしました
症状などとても似ていたのでコメントさせていただきました

何も手に付かず涙なみだの1年でした
今はただ信じられない現実に耐え忍ぶしか
ないのですよね

どにーちゃん、ママさん、パパさん
お疲れ様でした

どに~ちゃん! 幸せな犬生でしたね
お空のワンちゃんたちとゆったり、まったりと過ごして下さいね
ありがとう 安らかに…

[ 2014/01/12 00:07 ] [ 編集 ]

アトムママさん

はじめまして。
コメントありがとうございます。

本当に愛犬を亡くすのは辛く寂しいものですね。
どにーは我が家でこんなにも大きな存在だったのかって
思い知らされました。

まだまだ涙は止まりません。
どにーがあんなに頑張ってくれたのにしっかりしないとダメですね。

どにーは我が家の宝物です。
この12年半は夢のような幸せな時間でした。
どにーもそう思ってくれてたらいいけど。

ありがとう。前を向いていけるようにがんばります。
[ 2014/01/13 07:54 ] [ 編集 ]

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